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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和49年(ワ)19号 判決 1977年1月19日

原告

X

右訴訟代理人弁護士

下坂浩介

被告

右代表者法務大臣

福田一

右指定代理人検事

末永進

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告は原告に対し、金一一三万八、二七四円及びこれに対する昭和四四年八月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、被告

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1(一)  原告は、昭和四二年二月一八日札幌地方裁判所において、強姦未遂、住居侵入、銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により懲役二年六月に処するとの判決言渡を受け(同年三月五日右裁判確定)、右刑の執行を受けることとなり、同年四月四日札幌刑務所から函館少年刑務所に移された。

(二)  原告は、右函館少年刑務所において、同年四月四日から同月九日まで新入教育期間のため刑務作業に従事しなかつたが、同月一〇日から同月三〇日まで編袋物工として手袋製作作業に、同年五月一日から同年八月一六日まで織布工として機織作業に、同月一七日から昭和四四年四月一四日まで営繕夫として刑務所内外の建造物の修理、解体等の直営工事作業に従事した。右各刑務作業の一日の就業時間は実働八時間であり、作業開始時間は七時二〇分(冬期間七時三〇分)、終業時間は一六時三〇分(冬期間一六時四〇分)で、この間午前、午後各一五分間の休憩時間及び四〇分間の昼食時間があつた。

(三)  原告は、昭和四四年八月一〇日刑期満了により釈放され、監獄法二七条二項、三項、同法施行規則七一条、作業賞与金計算規定三条等に基き、前記(二)記載の刑務作業に対する作業賞与金として金一万一、七二六円を受け取つたが、右金員を右刑務作業従事期間の月額に換算すると、一か月平均四六九円余りの低額なものである。

2  憲法二五条一項は、受刑者に対し、受刑者が刑務所内で労働に従事した場合、その期間及び労働の質に応じて、労働の対価として当然に相当の金員を国に請求し得る権利を保障しているものと解すべきである。すなわち、その理由は次のとおりである。

(一) 犯罪者は、資本主義社会そのものから不可避的に発生するものというべきであるから、国家は犯罪者を更正させる義務があるところ、出所に際し、後記のごとく低額の作業賞与金の交付を受け得るにすぎない受刑者が出所後社会に出てとまどい僅かな金銭を使い果たし再び犯罪を犯す例が多いことは想像に難くない。

(二) 原告のなした刑務所労働の実体は、例えばギリシヤ神話の中に出てくる永劫に土を堀り返し、埋め返しするような作業とは違つて、絶対的に価値を生ずるものであつて、資本主義社会の労働市場において期待される労働と何ら異ならない。昭和四三年の資料によると、受刑者の労働によつて被告国が得た作業収入は六一億三、〇〇〇万円であり、刑務所等収容費三七億八、〇〇〇万円、作業賞与金三億九、八〇〇万円を差し引いても一九億五、二〇〇万円の利益をあげていることになる。

なお、参考までに各年度の刑務作業における受刑者による作業収入と受刑者に対し支払われる作業賞与金及び右収入と支出の割合は別表の通りである。

(三) 監獄法二七条二項が「在監者ニシテ作業ニ就クモノニハ命令ノ定ムル所ニ依リ作業賞与金ヲ給スルコトヲ得」と規定し、同条三項が「作業賞与金ハ行状、作業ノ成績等ヲ斟酌シテ其額ヲ定ム」と規定しているが、作業賞与金は被告も認めるように作業に対する報償である上、その額が作業の性質及び作業の期間によつて定められるものであることからすると、作業賞与金の実質は、刑務作業という労働に対して支払われるもの、すなわち労働の対価であるということができるが、右作業賞与金の性格は、「受刑者及びその家族の生活を支えるもの」すなわち「受刑者の留守中の家族の生活並びに出所後職を探しあて賃金を受領する迄の期間の囚人及びその家族の生活を賄うべきもの」、すなわち「受刑者の再生産費」としてとらえられるべきものであるところ、原告は前記のように満期釈放の際、作業賞与金としてわずか一万一、七二六円の金員を受領したが、右金員は刑務所内で労働に従事した労働の対価として原告の出所後の最低限度の生活を賄うにはとうてい足りず、仮に原告に妻子がいたとすれば原告の受刑中の留守家族の生活を支えるにも足りないものである。憲法二五条一項は、既決囚であつても、その時代のその国の最低限の文化水準を基礎とした生活を保障しているものであり、例え刑務所内において、衣食住が保障されているからといつて、右のように労働の対価として一か月四六九円余り、一日三〇円にも満たない金員を支給する根拠となつた作業賞与金計算規定三条、同規定別表第一(昭和四二ないし四四年度)は憲法二五条一項の趣旨に違反する。

(四) 刑務所において自由を拘束する以外に八時間労働をさせたうえ、例え刑務所内において衣食住を保障しているといつても、その一日の労働の対価がわずか三〇円にも満たないという受刑者の刑務所内の生活は、受刑者に無用の財産的苦痛を与えるものであり、憲法三六条の禁じる残虐な刑罰に該当するから、前記作業賞与金計算規定は右憲法の条文にも反する。

(五) なお憲法二五条一項は、すべての国民に生存権を保障しているが、右は単なるプログラム規定ではなく、国家の為に八時間労働を強制される受刑者に対し具体的な生存権を保障しているものである。

3  原告は、被告に対し、前記のように憲法二五条一項の規定に基き、前記刑務所で従事した労働の対価として当然に金員を請求できるところ、その具体的な相当額は、社会一般の生活水準に応じて定まるものであり、原告の刑務所内労働の質、期間、独身であることを考慮し、又札幌地方裁判所において刑法一八条の規定する罰金不納者の労役場留置処分による一日当りの換算金が罰金五万円を超える場合二、〇〇〇円となつており、刑事補償法四条一項の補償金の額等を参考とするとき、一か月当り金五万円とするのが相当である。

そうすると、原告は、被告に対し、刑務作業に従事した昭和四二年五月一日から昭和四四年三月三一日までの二三か月間合計金一一五万円の請求権を有するところ、原告が既に受領した金一万一、七二六円を差引くと残金一一三万八、二七四円となる。

4  よつて原告は被告に対し、金一一三万八、二七四円とこれに対する原告が釈放された日の翌日である昭和四四年八月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(三)は認める。

2  請求原因2のうち、(二)の別表の内容は認めるが(ただし、同表記載の昭和四五年度作業賞与金は三億九、二二二万二、〇〇〇円である)、その余は争う。

3  請求原因3、4は争う。

三、被告の主張

1  原告は憲法二五条一項を根拠として本件請求をなすのであるが、同法二五条一項はいわゆるプログラム規定であり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与した規定でないのであるから、同条項を根拠としてはいかなる具体的請求権も発生するものではなく、従つて同条項を直接の根拠とする給付請求権は認められるものではない。

2  作業賞与金が低額であることと、受刑者及びその家族の生存権侵害とは何らの関係もない。

(一) 自由刑の内容として強制的に課せられる作業、すなわち刑務作業は憲法一八条にいう「犯罪に因る処罰の場合」における「その意に反する苦役」であつて、その本質は刑罰の内容として強制された教育手段であるから、刑務作業に対しては必然的に一般社会における労働に対するのと同様にその対価を支払わなければならないとする理由を見出すことはできず、憲法の諸規定もそのような保障をしているものとは認められない。

そもそも刑務作業に対して報償を支給すべきか否か、支給するとすればその額を何程とすべきかは立法政策の問題であり、立法府の裁量の範囲に属する事項である。しかして監獄法二七条二項は「在監者ニシテ作業ニ就クモノニハ命令ノ定ムル所ニ依リ作業賞与金ヲ給スルコトヲ得」と規定しているところ、右の作業賞与金は、作業に対する報償ではあるが、行刑主体が恩恵的に賞与として与えるところの作業奨励のための意味をもつ金銭であつて、労働の対価ではない。このことは同法二七条二項、三項の文言のみならず同法六〇条一項九号、同法施行規則七〇条、七三条、七八条の諸規定の趣旨に照しても明白である。

(二) 監獄法二七条一項は「作業ノ収入ハ総テ国庫ノ所得トス。」と規定し、国庫帰属主義をとつているが、刑務作業収入は、昭和三一年から昭和四七年まで、収容に要する費用(法務収容施設費、刑務所収容費、刑務所作業費等行刑における必要最低限度の支出をいう。)を下回り、昭和四八年度に至つてはじめて収容に要する費用を僅かに上回つたに過ぎない。

他方右収容に要する費用の中に刑務所関係従事職員人件費(職員基本給、諸手当、超過勤務手当)その他諸経費の一切を含めた刑務所全体の費用をも加えたならば、その額は莫大なものとなる。

(三) 本来生存権は、「個人の生活又は生活の維持及び発展のため必要な諸条件の確保を要求する権利」と考えられ、日本国憲法はその内容として二五条一項に「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定しているのであるが、法律的には国民の生活を積極的に確保することについての国の政治上の責務を定めたものと解されている、そして、受刑者も等しく国民として同条項の保障する生存権を享有することはいうまでもないところである。

ところで、刑務所収容関係という一種の営造物を利用する特別権力関係にある受刑者の処遇に関して、受刑者がその生存を保持するにつき必要な最低限度の基準を定め、憲法二五条一項の法意を具体化した監獄法以下の付属法令に従つて、原告は、函館少年刑務所在監中、行刑主体たる国から衣服、糧食、舎房を給与されていたものであつて、行刑執行上、身体的自由の拘束や刑務作業従事等の制限を伴うにしても、受刑者という特別権力関係にある地位における原告の生存権は十分に保障されていたものである。

ちなみに、原告においても刑務所における前記衣食住に関する具体的処遇について別段違法性を主張しているものではないのであるから、作業賞与金の問題を論ずるまでもなく、在監中の原告の生存権が侵害された事実はないものと断じざるを得ない。

また、受刑者の扶養家族の生存権についていえば「被告人に実刑を科するためその家族が生活困難に陥るとしてもその判決は憲法第二五条に違反するものでない(最判刑集二巻四号二九八頁)」とされていることからも、その判決に従つて刑を執行し、そのため当該受刑者の家族が生活苦に陥つたとしても憲法二五条に違反するということはできず、この問題は生活保護法等により解決されるべきものである。

なお、原告は受刑者の満期出所後における生存権の保障についても言及しているようであるが、受刑者の出所後の生活については、更生緊急保護法に基づく更生保護制度もあり、受刑者の出所後の生存権についても最低限度のものは保障されているのであつて、生存権侵害があるということはできない。

(四) なお、憲法三六条にいう残虐な刑罰とは、不必要な精神的、肉体的苦痛を内容とする人道上残酷とみられる刑罰(最高裁昭和二三年三月一二日大法廷判決、刑集二巻三号一九一頁)であり、通常の人間的感情をもつている者に衝撃を与える種類の刑罰を意味するのであるから、受刑者が作業賞与金から生計費を支弁する建前ならともかく、官給主義の法制のもとにおいて刑務作業に対する賞与金の額が僅少であることをもつて残虐な刑罰の理由とすることはできない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(一)ないし(三)記載の事実及び2(二)の別表の内容については当事者間に争いがない。右争いのない事実並びに<証拠>により認められる原告が受刑中に従事した作業の性質、内容等を考え合わせると、原告が従事した刑務作業中には社会的経済的にみて有用な性質を有する労働が含まれていることは容易に推察されるところである。

二原告は、憲法二五条一項に基づき、被告に対し、原告が函館少年刑務所において懲役受刑者として従事した刑務作業について労働の対価として相当額の金員を請求することができると主張するので検討するに憲法二五条一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定し、国がすべての国民に人間の尊厳にふさわしい生活を保障し、そのために必要な措置をとるべき責務を負うことを宣言しているのであるが、これは、監獄に収容され国との間に特別な権力関係に立つ懲役受刑者に対しても、等しく国民として適用されるべきものであり、それ故、国は受刑者に対し、刑罰の執行に基づく制約はあるとしても、刑務所内における衣、食、住、保健、医療等の生活条件につき健康で文化的な最低限度の水準を確保すべく配慮しなければならないことはいうまでもない。

しかしながら、右憲法二五条一項の法意は、原告の主張するように、国が懲役受刑者の刑務作業に対し労働の対価として相当額の金員を支払うべきものとする趣旨を含むものとは解されない。その理由は以下に述べるとおりである。すなわち、懲役受刑者の従事する刑務作業は、刑法一二条二項に「懲役ハ監獄ニ拘置シ定役ニ服ス」と定められているとおり、刑務所への収容という自由の拘束と相まつて懲役なる刑罰の内容として受刑者に義務的に課され、受刑者の改善教育を目的とする矯正的処遇の一環たる独自の性質を有し、一般社会における多くの労働のように生活資料取得のための手段としての性質を有しないものである。又刑罰の内容としての受刑者の刑務所への収容は、犯罪の一般予防及び特別予防なる国家的ないし社会的目的の実現を目ざすものであるから、受刑者の刑務所内の生活に要する費用等収容に伴う諸経費は国の負担に属すべき性質のものであつて、現に我が国においても、受刑者の衣類、糧食、医療等の生活資料については国が支給するものと定められており(監獄法三二条、三四条、四〇条等)、受刑者は刑務所に収容されている間生活資料の取得のために自ら金員等の財産を支弁する必要がないのである。従つて、刑務作業に対し支給される金員の有無又は多寡は受刑者が刑務所内において憲法二五条一項により保障された水準の生活を維持しうるかどうかに影響を及ぼすことはなく、結局刑務作業に対し支給される金員と受刑者の刑務所内での生活水準とは直接関係がないことに帰するからである。原告は刑務作業に対し支給される金員が低額であることにより、受刑者の扶養親族の生活あるいは刑期満了による社会復帰後の受刑者自身の生活が困難におちいることがあるというけれども、受刑者の扶養親族についてはその者自身の憲法二五条一項の権利の、又社会復帰後の受刑者についてはその時点における同人の右条項の権利のそれぞれ保障の問題であり、刑務作業に対して支給される金員等の多寡により、受刑中の原告の右権利が侵害されることはないというべきである。

なお、原告は、監獄法二七条二項に定める作業賞与金は刑務作業に対する対価たる実質を有することを本請求の一根拠として主張するようにも解され、作業賞与金は刑務作業に就くものに対し、作業の成績、種類等斟酌して定められた額が支給される等(監獄法二七条二項、三項、同法施行規則七一条等)の点では作業に対する報償的性質を有するものということはできるが、作業賞与金は行状、性向を斟酌して額を定め(監獄法二七条三項、同法施行規則七一条)、懲罰として作業賞与金計算高の一部又は全部の減削が許される(監獄法六〇条一項九号)こと等を考慮すると受刑者の作業を奨励し、矯正教育の実をあげることを目的として刑務作業に対し支給される金員と解され、刑務作業に対する対価の性質を有するものとは解されない。

又原告は、刑務作業に対し支給される金員である作業賞与金が低額であることは懲役受刑者に無用の財産的苦痛を与えるものであり、憲法三六条に違反するというが、憲法三六条にいう残虐な刑罰とは、不必要な精神的、肉体的苦痛を内容とする人道上残酷と認められる刑罰を意味する(最高裁判所大法廷昭和二三年六月三〇日判決、刑集二巻七号七七七頁等)のであり、仮に作業賞与金が低額であるとしても、懲役刑の執行は同条項にいう残虐な刑罰には当らないものと解される。

以上要するに、懲役受刑者の刑務作業に対し支給すべき金員の性質、金額等については憲法二五条一項の規定は何ら触れていないものと解され、原告が主張するように、右金員が「受刑者の留守中の家族の生活並びに出所後職を探しあて賃金を受領するまでの期間の受刑者及びその家族の生活を賄うべきもの」すなわち「受刑者の再生産費」であるべきかどうかはいわば立法政策の問題であり、立法府の裁量に委ねられている事項というべきである。

以上説示のごとく憲法二五条一項は刑務作業に対する対価の支給を保障する趣旨とは解されないが、更に附言するに右憲法の規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない(最高裁判所大法廷昭和二三年九月二九日判決刑集二巻一〇号一二三五頁及び同昭和四二年五月二四日判決民集二一巻五号一〇四三頁)から、直接同条項に基づき刑務作業に従事したことに対する相当の金員を請求する原告の主張は、この点においても理由がない。

別表

年度

作業収入

作業賞与金

作業賞与金

作業収入

39

43億3,225万8千円

2億4,202万7千円

約5.6%

40

47億3,593万9千円

2億7,613万9千円

5.8

41

52億8,795万5千円

3億1,269万6千円

5.9

42

56億7,864万6千円

3億6,135万4千円

6.4

43

61億3,090万1千円

3億9,013万9千円

6.4

44

65億6,751万7千円

3億8,400万3千円

5.8

45

73億7,963万2千円

3億9,222万1千円

5.3

46

77億1,583万9千円

4億1,359万7千円

5.4

47

84億8,702万円

4億4,724万7千円

5.3

48

95億8,664万5千円

5億608万4千円

5.3

三よつて、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(宗方武 松山恒昭 平谷正弘)

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